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*** スピリチュアル論 ***

 

 

ちょっと真面目に、WHO憲章

 

 

WHO憲章の改正

 

 

近年、WHO(世界保健機構)憲章における

「健康」の定義の改正が検討されています。

※厚生労働省HPの記載はこちら

 

改正内容は、

 

「健康とは、身体的、精神的、霊的(spiritual)、

 および社会的福祉に調和のとれた状態にあり、

 単に病気や障害が存在しないことではない」

 

と、従来の定義にスピリチュアル(spiritual)という言葉を

つけ加えるというものです。

 

改正案の原案は宗教を重んじる中東諸国によるもので、

欧州・アジアなど、参加各国の反応はさまざまですが、

さほど反対意見が目立っているわけでもなさそうです。

ただ、スピリチュアルという単語の定義や、

そこから派生する代替療法など、別の問題への懸念があり

正式改正までにはまだ議論の余地があるようです。

 

そして、宗教になじみのない日本では、

このスピリチュアルという言葉をどう訳すか、

どういう意味でとらえるか、困惑があるようです。

 

 

そもそもスピリチュアルって、どういう意味?

 

 

厚生労働省のHPには、こんな一文もあります。

 

「Spirituality(スピリチュアルティ)は人間の尊厳の確保や

Quality of Life(生活の質)を考えるために必要な、

本質的なものであるという意見」

 

ふむふむ。

 

なんだかわかったようなわからないような(^^;

 

というわけで、辞書で調べてみました。

スピリチュアル(spiritual)とは、スピリット(spirit)の形容詞で、

スピリットを辞書で調べると「霊的」「精霊」「霊魂」

 

「霊」という漢字が出た時点で「あ、ヤバイよこれ」と

思っちゃう人もいるかもしれませんが。。。

 

ただ、スピリットという単語は、転じて「心持ち」

日本語にすると「○○魂」などの意味合いに使われます。

ファイティング・スピリット、フロンティア・スピリット、

という言葉だと馴染みがありますよね。

メンタル(精神)という言葉に比べると、

個人の意思や、人としての在り方、

物事の方向性を示す意味合いが強くなります。

 

 

 

すこし話は飛びますが・・・

 

 

昔は、職業も結婚も、価値観も、今の世の中ほど

選択の余地が少なかったように思います。

 

 

「親の仕事を継ぐのが当たり前」

「就職した会社に一生勤めるのが当たり前」

「親の決めた相手と結婚するのが当たり前」

「子供を産むのが当たり前」

 

 

家族や世間から決めつけられる人生、

それはそれで辛いことも多かったことでしょう。

 

そして今の世の中、価値観も職業も生き方も、多種多様になってきてます。

何を選択するのかは個々の自由であり、選択肢も多い。

昔の人に言わせれば、自由は眩しく、うらやましいかもしれません・・・

 

でもその分、悩みますよね。

 

 

「本当にこれでいいのだろうか」

「他の選択の方が良かったのかもしれない」

「でも」

 

 

「自分で選ぶ」ということは「自己責任」

自由であるからこそ、その結果は自分が負うものになります。

だからこそ迷う。

誰も何も保障はしてくれない、不安になるのは当然ですよね。

 

そして、努力しても思い通りにいかないことも多い今の世の中。

降ってわいたような災難に苦しむこともあるでしょう。

時には、

 

 

「何のために生きているんだろう」

「生き甲斐って何だろう」

「何を目指せばいいのだろう」

「幸せって何?」

 

 

そんな風に、考え込んでしまうこともあるかもしれません。

 

だからこそ、いまの時代の私たちは

自分の人生の在り方について深く考えたり、

幸せや充実の定義を模索するようになったのではないでしょうか。

 

 

 

今の日本では、「スピリチュアル」という言葉が

占いや心霊、摩訶不思議な超現象のイメージで取り扱われ、

一人歩きしているように思えます。

 

でも、私たちが欲しているのはそんなひと時の娯楽ではなく、

「私の人生は充実している(楽しんでいる)」と心から思えるような

「自分」でいれることじゃないかと思うのです。

 

幸せは、座って待ってるだけでは手に入りません。

困難は、誰かが片付けてくれるわけでもありません。

 

結局は自分次第なのです。

 

でも、ふさぎこんでばかりなのも馬鹿らしいじゃないですか(^^

後ろ向きに、将来を悲観して根暗に過ごしていたって、

損をするのもやっぱり自分です。

 

時にはへこたれたり弱音を吐いたりしても

毎日を楽しく過ごせるよう、

過去を振り返って「私も成長したじゃん!」と満足できるような、

そんな毎日であったなら。。。

きっと、良い人生だと思いませんか?

そんな風に思える、何か新しい価値観を見つけることができたなら。

自分を支え、励まし育むものをたくさんみつけて毎日を過ごす。

「自分の在り方」 これがスピリチュアルの意味だと思うのです。

 

 

 

 

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