「不吉なお知らせ」に注目すると、不吉を引き寄せてしまうのか?

インナーチャイルド 名古屋

「物が壊れるのは悪い知らせだ。だって、実際過去にそういう体験があるから」
「物が壊れたら悪いことが起こる、と自分が思っていると、実際に悪いことを引き寄せちゃうの?」

こういう仕事をしていると、そんなお声はよく聞きます。

昔、知人が、

「母が亡くなったのは春だった。それ以来、春は自分にとって鬼門で、悪いことばかり起こる」

と、言ってました。

それを聞いて私は思った。
「それは勿体ないな」と。

きっと、この人にとってお母様はとても存在が大きくて、
大切な方だったんだろうと思います。
だからこそ、その喪失がショックで、春が来ると思い出してしまう。
春になるとなんとなく気持ちが落ち込む。
何か嫌なことが起こると余計に際立って見えて、
「また春だ」「春だから」そんな風に思い始めちゃったのかなぁ、と思いました。

嫌なことが起こったら、脳はその原因を探しにいきます。
なぜなら「(嫌なことを)解決したい」 
そして「再発させたくない」からです。
原因と結果を関連付けて、解決したいのです。
過去に「春=嫌なことが起こった季節」という関連付けがされていると、
脳は他の嫌なこともすべて、春へ関連付けようとします。
なぜなら既に自分が知っている「答え」であれば、
(自分にとって)説得力があるし、解決が早いからです。
こうして、何か嫌なことがあるたびに脳は
「春だから」という春起因説を強化してしまうわけです。

「物が壊れるのは不吉の知らせ」も、これと同じ法則です。
嫌なことは良いことよりも印象が強いから、記憶に残りやすい。
(実際、物が壊れるときって印象が強いですよね。
 お皿を落として割るなんて、音と衝撃が3Dで発生するわけですし)
ですから、印象が強かった記憶に、脳はその後に発生した嫌なことを関連付けます。
そこに「合理的な因果関係など何もないにも関わらず」、です。

そして脳は、規則正しいルーティーンが好きです。
(脳にとって「いつもと違う」という変化はストレスです) 
脳は、自分が知っている自分の法則の中で繰り返して生きていたいのです。
そうすれば安全で、安心できるからです。
だから、一度確定したルーティーン、「物が壊れると不吉なお知らせ」の
世界観の中で生きていこうとします。
こうやって、私達は人生で発生する「物が壊れること」と「嫌なこと」を、
延々と関連付けていくのです。

でも、待ってください。物が壊れることと、嫌なこと。
そこには本来、因果関係はありません。 
偶発的に起こった関連性の無い両者を
勝手に紐づけしているのは外ならぬ自分です。
なのに、物が壊れるたびに「どうしよう、嫌なことが起こる」と
びくびくするのって、人生損してると思いませんか?

そして「そんなことばっかり考えていると、不吉なことを人生に引き寄せてしまうのでしょうか」
この質問の答えは、嫌なことを新たに引き寄せるのではなく、
人生の中に生じる嫌なことばかりを自分で見つけに行って印象に残し、
大切に記憶に残しているだけです。

人生には良いことも嫌なことも同じだけあると言われます。
でも、少なくとも私の人生には良いことの方が多いです。
何故って、嫌なことよりも、良いことの方を覚えているからです。
なぜか。
嫌なことが結果として良いことにつながったという関連付けがされているからです。
(鬱になった、けどそれがあるから今の自分がある、みたいなやつです)
リコネクションを受けた方ならこの体験、ものすごく多いはずです。
人生に起こったちょっと嫌なこと、乗り越えるのにすごくハードルが高かった出来事、
それが「まさか、こんな展開に。こんなことってあり得るんだ。人生ってすごい(・_・;」
という結末に導かれることが多発するからです。
(リコネクションを受けていなくても、人生で起こる出来事は
本当は全部そういうつながりになっているはずです。
でも、期間が長すぎたり、つながりが明白に感じられないから、
つながっているという認識を得られにくいんですよね)

くだんの私の知人に話をもどして。
本当は、春には嫌なことと同じだけ「良かったこと」は沢山あったはずなんです。
ただ暖かくなった、風が甘くなった、それだけで気持ちがワクワクしたはずです。 
街を歩けば、ショーウィンドウに春色の綺麗な洋服が並び、
デパ地下に行けば胸がキュンとするような春のかわいらしいお菓子が溢れている。
「春っていいな」と何度も思ったはず。
なのに、脳が注目して記憶に残すのは「嫌なこと」 
良かったことは毎日の出来事の中に埋もれていってしまう。
だから勿体ないなぁ、と思ったんです。

もし今までのあなたが、「不吉なお知らせ」にどうしても心が囚われているのであれば、
これからの人生は、それとは違った「人生にあった良いこと」の体験に
注目しはじめてはいかがでしょう。
良いことなんて、些細なことでいいんです。
食べたかったパンがラスイチで残っていた、信号がちょうどよく変わった、
youtubeやインスタで気に入った動画をみつけたり、
ヒットチャートにあがってきた楽曲がすごく好きなやつだった、とか。
些細でしょうか?でも、あなたにとっての「好きなこと」が世の中に出現したんですよ。
あなたの波長に合う、あなたの心の琴線に触れる美しいものとめぐり合うことができたんです。
使い終わった電球が切れることよりも、よっぽど有機的で、奇跡的なことだと思いませんか?(^^

そしてもう一つ。敢えてここまで踏み込んでみようと思います。
「不吉なお知らせ」の癖がやめられない人は、
世の中に「人智を超えた何かがある」ことを信じていて、
その「何か」の体験を「したい」人なんだと思います。
これって素敵なことですよね。
だって、私も人智を超えた何かに魅了されていますから(^^ 
(人智を超えた何か、それがカミサマなのか、宇宙なのか、
天なのか、全くさっぱりわかんないけど。)

でも、これだけは確実に断言できます。
その「何か」は、私達を怖がらせたり、
不安がらせるお知らせを望んでいるわけではありません。
「何か」はあなたを、助けたくて、幸せになってほしくて、
お知らせしてくれてるんです。
ですから、不吉なお知らせを自作して「何か」を誤解するのではなく、
嬉しいお知らせを探しに行ってみませんか? 
そうしているうちに、「よく考えたらあのタイミングでこれって、おかしくない?仕組まれてる気がする…」なんていう、
自分の人生に連なる「何かに導かれている」ような、奇跡の紬に気づくことになるです。

 

追記: 長くなるんでここに小さく追記しておきますが、
「誰かが亡くなったお知らせ」とかは確かにあります。
(懇意にしていたお店の「営業終了のお知らせ」みたいなものもね) 
でもそれは、なんていうのかな~、
もっと静かで、心に染みてくるような、心のどこかでもう致し方が無い、
どこかで納得していて、ただこの喪失を受け入れるしかない、というようなものが多いです。
つまり、「不安だ、どうしよう」「怖い」「そんなの嫌!」
というような、感情的なパニックが誘発されているようなお知らせではないということです。
色んなケースがあって、それこそ本人によってニュアンスが違うので説明が難しいのですが、
「何か」からのお知らせ、というのは私達を怖がらせるようなものではない、ということです。

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