鬱の始まり、そして終わりは?

さて、実際に鬱を罹患された方、またはメンタルに不調を抱えた方が
最初に「自分は鬱なのかもしれない」と思ったのってどんなときでしょうね。

これだけメンタルに関する情報が山ほどネットに溢れている時代です。
もう心療内科に受診する時点で自分は鬱なんだろうか
と予測をしている人がほとんどでしょう。

予測はしていた。でも、だからと言っても、
「アナタ鬱ですわ~、じゃ、お薬だしときますネッ」
とお医者さんから診断されたとき、本人はどんな心情でしょうか。

予測はしていたとしても、それでも
大半の方はショックを受けるのではと思います。
処方された薬を見て、「私、普通じゃないのかも…(;_;) 」
なんて早合点して、絶望的な気持ちになっちゃう人もいます。
(ダイジョーブ、むしろ普通の人だから鬱になり得るんだし)

でも、そんな医者の鬱宣告に、中には「ホッとした」と思う人もいるんです。
何故かって、今のこの自分、毎日毎日
自分でもなんて説明したらよいのかわからない、
どうしたらよいかわからない、
この混乱な状態にやっと説明がついたから。

あなたはこういう病気です、と診断がついたのならば。

「じゃぁ、治療すれば治るってことだよね?」

こうなる前の、いつもの自分にちゃんと戻れるってことでしょう?

(または、「これでやっと会社を休める」と
安堵した人もいるかもしれない。
うーん、ほんとゆっくり休んでね -”-;)

さて、ちょっとここで話をプレイバック。

そもそもなぜ、人は鬱になるのか?
脳内の物質だとか、腸にも脳があるとか、原因は色々
言われているけれど一番の大きな理由は「心理的ストレス」。
嫌なことが積み重なったり、大きなショックな出来事に見舞われて、
それに対処がしきれなくなるからです。

つまり、「自分の人生で起こる嫌なこと、ストレスに感じることに
うまく対処できなかった、対処が追いつかなくなった」から。

その心理的負担が食欲不振、不眠、注意力散漫、涙が止まらない、
パニック発作、のような身体症状に現れてくるわけですね。

現在の精神疾患の治療方針はほとんどは、
投薬で脳内物質のバランスを整え、身体症状を軽減させて、
なおかつ全般的な精神状態の底上げをしていこう、
ていうことなんです。

鬱を発症して大混乱の大嵐の時期は、薬を服用して
まずは落ち着いて静養することは何よりも最優先です。
そして、この状態になった主原因が
時間薬で回復できるような内容だったなら
静養していればそのうち元に戻ります。

風邪で言ったら普通の風邪じゃなくって
超ド級のインフルエンザにやられちゃったとか、
若干肺が白くなっちゃってアワワ、入院入院、みたいな感じです。
いや~大変な目にあったけど、なんとか回復したわ~ てね。

しかしだ。

鬱になるまで自分が追い込まれた(または自らを追い込んでしまった)、
その理由が、この先もずっと自分の日常に発生するものであったなら?
それは薬を飲むだけじゃあまり変わらない。

薬を飲んでいれば、嫌な上司が嫌に感じなくなるだろうか?
薬を飲んでいれば、人生で嫌な思いをしなくなるだろうか?
薬を飲んでいれば、良い友人やパートナーに恵まれるだろうか?
薬を飲んでいれば、自分や自分の大切な人が、何者かに
不当な扱いを受けたときに、毅然と立ち向かうことができるだろうか?
答えはNOだ。

「あなたは鬱という病気です。この薬飲んで下さい」
と診断される出来事を体験すると、
「じゃぁ治療すればよくなるんだ」
と思って薬を飲み始める。でも、薬を飲んだからって、
目の前の嫌なことは消えて無くなりはしない。
そんな当たり前のことが、
「鬱という病気を治療する」「投薬」
という出来事に目隠しされて忘れてしまうんです。

鬱はとにもかくにも、まずは静養。
が、ある程度その嵐が収まってきたら
私たちは思い出すことができるでしょう。
対処できなかった問題に、どのように対処できるようになるかを
考え始める必要がある、と。

何故なら、あなたがそれに対処ができるようにならなければ、
その嫌な思いは何度も何度も再来する。
たとえ薬を延々と飲み続けていても、
嫌な思いを繰り返し体験するんだから、
そりゃ気持ちも体も回復するわけがない。

この問題は、「鬱」という病気の「治療」だとか、
脳内物質がっていう身体の病気というカテゴリではないのです。
私達が日々の中でどうやって困難を乗り越えていくか、
どのようにして成長していくかという
私たちの人生の道のりの途中の話しなのです。

だから、ゴールはいつもの自分に戻ることじゃない。
対処ができなかったことに対して対処ができる自分になる。
これがゴールです。

もし、これを読んでいるあなたが、まだまだ鬱という症状に
振り回され、暗中模索で大混乱している、という状態であれば、
そんなのあまりに遠い道のりだと思うかもしれません。
でも、悲観しなくてもいいんです。
ちょっと奇妙に聞こえるかもしれないけれど、
鬱はあなたに今まで到達し得なかった知らない価値観、
知らない世界をあなたに与えてくれるはず。
なぜならこの苦くツライ体験を
乗り越えるために得たあなたの新しい人生スキルは、
鬱になる以前の自分では考えもつかなかった、
より広く、開かれて、そして賢く、何よりも力強い人生を
あなたに与えてくれるのだから。

追記:
ちなみに「対処できなかったことに対処できる自分になる」の他に
「逃げるは恥だが役に立つ」も十分にゴールとしてふさわしいと思います。
これはまた先のコラムでがっつり触れますが、
先に言っときます。逃げることは恥ではありません。
逃げられるものであるならば、脱兎のごとく全速力で一目散に逃げましょう。

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